2014年12月から2カ月にわたって、初めての個展を開いた真理さん。アーティストとして一つの区切りを迎えた2015年、真理さんの作品をより深く知る「これまでの歩み」をインタビュー。片山作品に込められたメッセージとは? 連載形式でお届けします。
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2012年3月に大学院を卒業した後、就職するために上京。しかし、トラウマリスでの2人展、パルコのシブカル祭、伊勢丹のKISS THE HEART#2、大学の講演と、立て続けにアーティストとしての仕事が続き、「これが終わったら就職しよう」と就職を先延ばしにする日々でした。そしてその年の10月、恩師である東谷さんの訃報が届くと、あまりのショックに1週間誰とも連絡が取れないほど自宅にふさぎ込み、挙げ句の果てに脱水状態に陥り緊急搬送。実家を出て、わずか3カ月で出戻る……という情けない事態に陥っていました。
しかし、東谷さんは、死後も私を導く道をすでに準備してくれていたのかのように舞い込んできたのが、あいちトリエンナーレ2013への出品依頼でした。
「東谷さんから話を聞いていて、いつかお会いしたいと思っていて……」
そう切り出され、ふともたらされた機会に、「東谷さんが用意してくれたものを無駄にはできない」という一心でお受けしたものの、この大舞台に何を出すべきか分からず、ひとまず会場である名古屋を下見に、足を運びました。
時代を包み込む女性の姿を見つけて
担当の学芸員・Hさんに案内されて着いたのは、納屋橋東陽倉庫テナントビル。名古屋駅と栄地区の中間に位置するこの建物は、私にどうしようもなく「女性」を思わせました。
その建物は昔、1970年代のボウリングブームのときに、100レーン前後もあるボウリング場としてオープン。その後、バブル崩壊後に億ションのモデルルームとして使用されていた建物でした。
ボーリング場の中に壁を作り、ボーリングのレーンの上に床を張り、箱の中に箱を作るような形で改装され、ガラス張りのお風呂や大理石のフローリングが、当時のまま残っていました。
巨大娯楽施設が、モデルルーム、そしていまアート施設になっている。時代の流れに沿って、その内側にその時代の風景を抱え込んでいくその建物の姿は、まさに全てをただただ包み込む女性のようでした。
ならば、私の部屋もその内側に抱え込ませてみようと、当時東京に借りた部屋を再現したのが、同展のインスタレーション作品「Eyes」。2005年から2013年まで制作した全てを運び込んだ部屋を作りました。
導いてくれるはずの東谷さんがもうこの世にいないこと、就職はおろか自分の未来が全く見えないことーーこの頃は、「何やってるの?」と、誰かに見張られ続けているような視線を、ひたすら感じていました。「就職するために上京したのに、作品づくりやってていいの?」。そう責め立てられているようでした。
しかし、怒りや悲しみ、焦り……あらゆる感情を作品に注ぎこみながら、その視線は徐々に、おじいちゃん、そして東谷さんが天から包み込むように見守っていてくれるのだという、温もりと安心感へと変わっていきました。
あいちトリエンナーレを経て、「就職はしない。アーティストとしてやっていこう」と腹がくくれたのは、だからかもしれません。
